ヨハネス12世とは?オットー1世の戴冠と廃位を解説

ヨハネス12世とは、10世紀のローマ教皇で、962年に東フランク王オットー1世を皇帝として戴冠した人物です。

世界史では、ヨハネス12世はオットーの戴冠と、教皇権・皇帝権の関係を理解するために重要です。若くして教皇になり、オットー1世に保護を求めましたが、のちに対立し、963年にオットー1世の主導する会議で廃位されました。

この記事では、ヨハネス12世が何をした人物なのか、オットー1世との関係、962年の戴冠、963年の廃位、世界史上の意味をわかりやすく整理します。

もくじ

まず一言でいうと

ヨハネス12世は、オットー1世に皇帝の冠を授けたローマ教皇です。教皇が皇帝を必要とし、皇帝が教皇政治へ介入する関係を示す人物として重要です。

項目内容
人物ヨハネス12世
在位955〜964年
本名オクタヴィアヌス
出身ローマ貴族層
アルベリック2世
主な出来事962年、オットー1世を皇帝として戴冠
その後オットー1世と対立し、963年に廃位される
重要性後の神聖ローマ帝国と教皇権・皇帝権の関係を考える鍵になる

いつの人物か

ヨハネス12世は、10世紀半ばのローマ教皇です。955年に教皇となり、964年に亡くなるまで在位しました。

この時代のローマでは、教皇の地位がローマ貴族の政治と深く結びついていました。ヨハネス12世の本名はオクタヴィアヌスで、ローマで強い影響力を持ったアルベリック2世の子でした。

そのため、ヨハネス12世は単に宗教指導者としてだけでなく、ローマの貴族政治の中で登場した教皇として見る必要があります。

背景

ヨハネス12世の時代、ローマ教皇は強い宗教的権威を持つ一方で、現実にはローマ周辺の貴族やイタリアの諸勢力に左右されていました。

8世紀のピピンの寄進以来、教皇はローマ教皇領を持つ世俗的支配者でもありました。しかし、10世紀のイタリアでは王権・貴族・教皇の対立が続き、教皇の立場は安定していませんでした。

一方、北方では東フランク王国の王権が強まり、オットー1世が有力な君主として台頭していました。この状況が、ヨハネス12世とオットー1世の接近につながります。

オットー1世との関係

ヨハネス12世とオットー1世の関係は、最初は相互利益に基づく同盟でした。

ヨハネス12世は、イタリアで勢力を伸ばすベレンガリオ2世に圧迫され、オットー1世の軍事的保護を必要としました。一方、オットー1世は、ローマで皇帝として戴冠されることで、自分の権威を高めることができました。

つまり、ヨハネス12世は保護者を求め、オットー1世は皇帝としての正当性を求めたのです。

人物必要としていたもの得たもの
ヨハネス12世ローマと教皇権を守る軍事的保護オットー1世の支援
オットー1世皇帝としての宗教的正当性ローマ教皇による戴冠
ローマ教皇庁イタリア諸勢力からの安全保障東フランク王権との結びつき
東フランク王国西ヨーロッパでの権威拡大イタリア政策と皇帝権への道

962年のオットーの戴冠

962年2月2日、ヨハネス12世はローマのサン・ピエトロ大聖堂でオットー1世を皇帝として戴冠しました。

この出来事は、後にザクセン朝を中心とする神聖ローマ帝国の出発点として説明されます。ただし、当時から現在の教科書用語としての「神聖ローマ帝国」が完成していたわけではありません。

重要なのは、ドイツ王権、イタリア政治、ローマ教皇の権威が結びついたことです。ヨハネス12世の戴冠行為によって、オットー1世は西ヨーロッパの皇帝としての地位を得ました。

特権状と教皇・皇帝の関係

オットー1世の戴冠後、教皇と皇帝の関係を定める文書が出されました。これは一般に、オットーの特権状と呼ばれます。

この文書は、教皇側の権利を確認する一方で、皇帝がローマや教皇選出に関わる余地を強めたとされます。つまり、教皇は皇帝から保護を得ましたが、その代わりに皇帝の介入を受けやすくなったのです。

ヨハネス12世の時代は、教皇が皇帝を戴冠する立場にありながら、皇帝も教皇政治へ介入できるという緊張関係を示しています。

オットー1世との対立と廃位

ヨハネス12世とオットー1世の同盟は長く続きませんでした。

ヨハネス12世は、オットー1世の影響力が強まりすぎることを警戒し、反オットー側の勢力と接近したとされます。これに対してオットー1世はローマへ入り、963年に会議を開いてヨハネス12世を廃位しました。

代わりにレオ8世が教皇とされました。しかし、オットー1世がローマを離れると、ヨハネス12世は一時的に復帰します。最終的にヨハネス12世は964年に亡くなりました。

この一連の流れは、教皇と皇帝の関係が協力だけでなく、強い対立も含んでいたことを示しています。

ヨハネス12世は悪い教皇だったのか

ヨハネス12世については、同時代や後世の史料で私生活や統治を厳しく非難する記述が伝えられています。

ただし、世界史で重要なのは、単に「評判の悪い教皇」として覚えることではありません。10世紀のローマでは、教皇職が貴族政治と結びつき、軍事的保護を外部の王に求めざるを得ない状況がありました。

そのため、ヨハネス12世は、個人の評価だけでなく、ローマ教皇権が不安定だった時代を示す人物として理解すると整理しやすいです。

カール大帝の戴冠との比較

ヨハネス12世の行ったオットーの戴冠は、800年のカール大帝の戴冠と比較すると理解しやすくなります。

比較カール大帝の戴冠オットーの戴冠
800年962年
教皇レオ3世ヨハネス12世
戴冠された人物カール大帝オットー1世
中心勢力フランク王国東フランク王国・ザクセン朝
意味西ヨーロッパで皇帝権を復活させた後の神聖ローマ帝国の出発点となった
教皇側の事情教皇がフランク王の保護を必要とした教皇がオットー1世の保護を必要とした

世界史上の意味

ヨハネス12世の意味は、三つに整理できます。

意味内容
オットーの戴冠を行った教皇962年にオットー1世へ帝冠を授け、後の神聖ローマ帝国の出発点に関わった
教皇権の不安定さを示すローマ貴族政治やイタリア諸勢力に左右された10世紀の教皇権を象徴する
皇帝介入の前例オットー1世による教皇廃位を通じて、皇帝が教皇政治へ介入する関係を示した
叙任権闘争への前史教皇権と皇帝権の緊張が、後の中世ヨーロッパ政治の大きなテーマになる

年表で見るヨハネス12世

出来事
937年頃オクタヴィアヌス、ローマ貴族アルベリック2世の子として生まれる
955年ヨハネス12世としてローマ教皇に即位する
955年オットー1世がレヒフェルトの戦いでマジャール人を破る
961年ヨハネス12世がオットー1世に支援を求める
962年ヨハネス12世がオットー1世をローマで皇帝として戴冠する
962年オットーの特権状により、教皇と皇帝の関係が整理される
963年オットー1世がローマで会議を開き、ヨハネス12世を廃位する
964年ヨハネス12世が一時的に復帰するが、同年に死去する

世界史での覚え方

ヨハネス12世は、「962年」「オットー1世を戴冠」「のちにオットー1世と対立して廃位」とセットで覚えると整理しやすいです。

覚えるポイント内容
誰か10世紀のローマ教皇
何をしたか962年にオットー1世を皇帝として戴冠した
なぜ重要か後の神聖ローマ帝国の出発点に関わる
その後オットー1世と対立し、963年に廃位された
比較対象800年にカール大帝を戴冠したレオ3世

関連用語

用語関係
オットーの戴冠ヨハネス12世がオットー1世を皇帝として戴冠した出来事
オットー1世ヨハネス12世から皇帝として戴冠された東フランク王
ザクセン朝オットー1世が属した王朝
東フランク王国オットー1世の王権の基盤
ローマ教皇ヨハネス12世の役職
ローマ=カトリック教会教皇を中心とする西方教会
ローマ教皇領教皇が世俗君主として関わった領土
イタリア政策ドイツ王・皇帝がイタリアへ関与する政策
カール大帝の戴冠800年の戴冠。ヨハネス12世の時代と比較される
レオ3世カール大帝を戴冠したローマ教皇

よくある質問

ヨハネス12世とは誰ですか?

10世紀のローマ教皇です。962年にオットー1世を皇帝として戴冠した人物として知られます。

ヨハネス12世は何をしましたか?

962年にローマでオットー1世を皇帝として戴冠しました。この出来事は、後の神聖ローマ帝国の出発点として重要です。

ヨハネス12世とオットー1世はなぜ対立しましたか?

ヨハネス12世は当初オットー1世の保護を求めましたが、オットー1世の影響力が強まると反オットー側に接近しました。そのため両者は対立し、963年にヨハネス12世は廃位されました。

ヨハネス12世はいつ教皇でしたか?

955年から964年までローマ教皇でした。若くして即位した教皇としても知られます。

ヨハネス12世は世界史でなぜ重要ですか?

オットー1世の皇帝戴冠に関わり、教皇権と皇帝権の関係を示す人物だからです。後の中世ヨーロッパで続く教皇と皇帝の緊張関係を理解する手がかりになります。

確認問題

問題答え
ヨハネス12世は何世紀のローマ教皇ですか?10世紀
ヨハネス12世が皇帝として戴冠した人物は誰ですか?オットー1世
オットー1世の戴冠は何年ですか?962年
ヨハネス12世がオットー1世と対立して廃位されたのは何年ですか?963年
オットー1世の戴冠が出発点とされる帝国は何ですか?神聖ローマ帝国
800年にカール大帝を戴冠した教皇は誰ですか?レオ3世

参考文献・参考資料

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